九六の匣

さまざま詰めこんだ匣

『奇妙な落款』(9)

『奇妙な落款』(9)



 縄に吊り下げられた篭が地面に降りると子供はその中に入ったものを取り出し始めた。
私はそれを横目で見ながらも、上空に向かって
「おーい、そこの人を~」
と大声で再び叫んだがなんの反応もない。
もしかすれば儂をみかけた里人が心配して縄をおろしてきたのかもしれないと感じたからだ。しかしこの縄は私の体を引き上げるには心もとない。この子だって途中で千切れてしまうに違いない縄なのだ。もし引き上げるために使用するなら縄ではなく、綱でなくては適わない。それにあの篭に入っていたものをみると食料みたいなものだ。
その食料を貪り食う子供をみると、お盆の中に三角錐に盛られた飯と干からびた魚が数本入っており、脇に神社などにみられる幣があり護符のような文字が書かれてある。
「なんだこのお供えみたいな妙な御膳は…」
何故上の人間は儂の問いにこたえようとしないのだ。

おもいっきり縄を引張った。反応はなく、手から3メートルあたりでブチッとばかりに切れた。もともと切れるように細工してあったのではないかという疑問が湧いてきた。
子供を引き揚げるのでもなく、私を助ける訳でもない。強いていえばここから出さない工夫ではないかと結論づけた。

この子供は一体いつからここにいるのだ。まるでこの状態は、岩穴に幽閉されているのではないだろうか。
暫くすると縄はスルスルと切れたまま引き揚げられていく。

「助けてくれ~、お~い。誰かきこえないのか~」
言葉は空しく岩肌に吸い込まれていく。

子供はひとしきり食べ終わるや、飯を両手ですくい無表情のまま儂にさしだした。
目でこれを食べろと言っているようだ。

そういえば儂も昨日から何も口にしていない。両手を差し出すと飯粒を擦り付けるように手にのせた。
もち米が交っているらしく甘い味が口中にひろがった。米の色と味が、炊くときに醤油を垂らしているらい香り飯で、地方で不祝儀にだされるもののようである。小豆の入ったオコワ、つまり赤米などを使用した祝い膳とは違っている。
次に干した魚を差した出された。
よくみると海でとれるグロテスクな表情のオコゼ(虎魚)というものにちがいない。形は鮟鱇にも似ているが背びれに毒針を有している。こちらではカジカと云われるものだろう。だからといって海が近いという事でもないはずだ。この魚を奉納する習わしは、よく『山神信仰』にあるのを思い出した。

魚を口で噛み解しながら、民間の聴取り調査に常時持ち歩いている簡易地図を胸ポケットから取り出し広げる。
当時の地図は地図と言っても名前だけで、それほどまともな地名が詳しく記されてあるものではない。それにこの辺りは森林のような地図上の標記なのである。

主だった地名や山の名前がカタカナで表記されている地図の中に、『マイガ岳』という文字がなぜか気になった。どうみても北西に進路をとっていたのでこの辺りが現在地になるだろうと鉛筆で標をつける。
もしこの地図の地点であるなら、入ってきた裂け目から脱出して坂をのぼれば帰路につくことができるだろぅ。

しかし儂は、息が荒くなり、額から脂汗が浮き出て滴りおちる状態だった。
子供が怪訝そうな顔で儂を方をみている。

原因が捻挫だけでなく、傷口から侵入した雑菌に侵され、足全体が真っ赤に腫れあがってせいだろう。

意識が薄れていく中、これでは暫くは歩行困難になるだろうし、いまいる場所が正確に判断できなければそう易々と人家まで辿りつく事は無理だろう。

とにかく、今は体を休めることが肝心なのだ。
危険を犯すくらいならここにいた方が懸命だろうと自分に言いきかせようとした。

意識が遠くなるなかで、何故あの子供は裂け目を独りで抜けていかなかったのだろう…等々、懐疑的になった自分がいた。

高熱のためか、グルグルと景色がプリズムのように発光しまわりはじめた。
意識がとおのいていく…
このまま眼が…覚めないかも…

子供が奇声を発して蔵のほうへと駆けだした映像を最後に糸がきれた…。




【つづく】九六


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好きなものを自由に書く、読む、観る、描く。そして遊び愉しむ。
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【※】-半世紀分の散らばした気侭綴ゑ-

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