九六の匣

さまざま詰めこんだ匣

『奇妙な落款』(8)

『奇妙な落款』(8)



さて、突然だが
男の名は安倍というらしい。敢えて聴かなかったのには理由がある。
それは、こちらから聞きだした訳ではないが、古書店の名前が『安倍光源堂』となっていたからで、まったくの当てずっぽうでもなかったのだ。

それに、この男は今ここで私と向き合って酒を呑んではいるが、それほど知人というほどの深い関係ではないのは判って頂けるとおもう。それに客である私の名前だって知るはずがないだろう。

つい先ほどまでは古書店の店主と本が好きな客の関係に過ぎなかった。それが、古書店に主と同居している謎の痩せた男が原因で、ここでこの男の話を神妙な気分で拝聴しているのは、間違いない事実なのだから…。

男は額に手をあて
「儂が原因なんだろう…」
これからここで話すことは口外しないと念をいれて言葉をつよくした。

さて男の噺の続きだが…。
磐の裂け目から入った彼は朝になるまで垂直にそそり立つ磐を背に眠ったという。

相も変わらずゆっくりと過去を思い出すかのように語りだした。


儂は眼が覚めて、この場所の状況をなんとか把握しようとした。
三十メートルもありそうな岩壁の遥か上方から、いまいる場所の周辺に大きなおぼろげな輪をつくっている。だが暗いわけでもなく霞がかった風情まである。
秋も深く、この季節は厳しいはずなのだが、まるで春の陽光につつまれて生暖かい心地よさが伝わってくる。

ここは縦穴の中だと自分に言いきかせ、よろけながらも背筋を伸ばした。やはりあの斜面を転がったせいで節々が悲鳴をあげはじめる。
立った位置から土蔵に目をやれば、緑の水藻がゆっくりうねる小さな川があり、軽やかな水音さえ聴こえ、その向こうの蔵は一段高く土盛りがされて建っていらしい。周りを溝に囲まれ清水がめぐらされている。

手で水をすくい口に含むと妙に甘く冷たい。頬に水をかけながら顔をあげると、何かがいるのに気付いた。
「誰かいるのか?」
眼をこすりながら蔵の端をみると…、そこには茶色の髪が肩まである子供らしきものが、こちらを見詰めているのだ。


どうしてこんな洞穴に子供がいるのか理解に苦しむが、おそらく土地の子供が遊び場にしていたのかもしれないと、手をふり声をかけた。
「おーい、君~」
何故か怯えているのか怪訝そうな顔つきで見詰めている。
儂が足を引き摺りながら一歩前にでると、今度は怯えたのかのように物陰に隠れる。
辺りを見渡しても、どうも彼ひとりだけらしい。
何も怖がることはないと諭すように言うが一向に埒があかない。

まあ人がいるという事は近くに人里があるに違いないと安堵したせいもあり、腫れて膨らんだ足を労りながらゆっくりと石に腰をおろした。
やっとというか、自分が泥にまみれで擦り傷から血が滲んでいるのに気付く。これでは子供からみたら鬼のような形相だと、驚くのはあたり前だろう。
移動して小川に入り、水に体をなげだした。

衣服を脱いで水で浸し、裸になって体も同時に洗い流した。
服を絞っていると、背後でケラケラと笑う声がしたので振り返ると、いつまにか子供が手の届く傍まできていたのだ。めをあわせてじっくり観察すると、その子供も裸で、髪は上空の光を浴びて金色に輝いている。

この地方には河童という伝説の生き物がいると云われているが別に甲羅を背負っている訳でもない。痩せこけたようにも見えるが普通の子供の顔立ちをしている。河童というよりは、天使とか強いていうなら、座敷童といった表現が正しいかもしれないと思えた。

「なにをしているんだい」
という問いかけにも返ってくる言葉はない、首を傾(かし)げたり、頷いたりまるで儂を弄んでいるかのようだ。ただ時折みせる鋭くなる目付がかなり気になった程度である。

突然、子供が走り始めた。磐穴の上空を見詰めて何かを待っているようにもみえる。そして暫くすると、両手を高く掲げたその先にスルスルと縄状のものが降りてくるのがみえてきた。

どうやら縄の先には竹で編んだ篭が結んであるらしい…。

儂は駆けより大声で叫んだ。



【つづく】九六
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  • 2012/04/12(木) 15:58:48 |
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Re: ツイッターに

連絡をありがとうございます。

ツイッターですか
大友×寺田ですね
どらもすきですよ。この前テレビのニュースで拝見しましたね
入場は事前に申し込みだそうですね。かなり込み合うんじぁないですか。
いけそうにないぞ。

九乃字

  • 2012/04/11(水) 18:00:02 |
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  • 2012/04/11(水) 10:51:51 |
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