九六の匣

さまざま詰めこんだ匣

『奇妙な落款』(5)

『奇妙な落款』(5)


 店主は手当が終わると、体を揺り動かす仕草をはじめた。暫くすると勝手口に向かい私のために茶をいれはじめ、こちらを振り返りながら
この前の本が盤台したに風呂敷で包まっていると告げ、勝手にみるようにとボソリと告げた。
私は丁寧に風呂敷を解き、油紙のようなものに包まれた本をとりだしてじっくりとみつめた。

くすんだ色は白熱灯の光線を浴びて、艶やかな光沢をおびた肌の色のようだ。ハードカバーより厚い表紙を開くと活版印刷の文字が浮き上がるように頁をうめつくしている。内容は自分が東北の出身で常に旅をつづけていたという散文的なものだった。しかし待てよこれは彼の処女作だときいている。読み続けるとここ最近の情景が綴られているような気がしてきた。
過去と現在が入り混じった筋書きは不自然だが、妙に納得して状況を脳に浮かびあがらせるのだ。
その時気づいたのだが、捲った頁の随所になにか黒い滲みが点在している。

硝子戸が春の風でガタガタ音をたてる。
突然、本に影がおちる。
「まあ一気に読みたいだろうが、今夜はけえった方がいい」
いつのまにか主人が横にたち、傘電球の光をさえぎったのだ。
「すいません、夢中になってしまい…」
「そろそろアイツが帰ってくる時間だからなぁ」
「もう大丈夫なんですか」
「ああ、迷惑をかけたなぁ」

いとまの挨拶をして、古書店をでたのは夜の8時をまわっていた。

相変わらず風が通りを唸りをたててかけはしっていく。
この前の居酒屋に今夜も寄ってみようかと遠くの角をみやりながら背広の襟をたてた。

街灯が切れかかっているのか明暗を交互に点滅を繰り返しクマ蝉のような音をたてている。映画のワンシーンのように、誘われ引き込まれるよな気分になった。
あの先の角を曲がれば赤い居酒屋の提灯がみえるはずである。

足早になる…。数時間前のあの異様な気配がまた再びおきつつある予感がする。

自分の体全体が明暗が交互に写しだされ、まるでストップモーションのように影が飛び跳ねる・
もう後悔している隙はない。右手の塀に寄りかかり闇の先へとすすむしかない。

通りの角はもうすぐだ。片手をのばせばいいのだ…。
耳の後ろから鼓膜に響く鼓動音は溢れんばかりのリズムを打っているに、ひと足が磐に根がはえたようにゆっくりともちあがる。

…ついた。やっと赤提灯が一陣の風で千切れんばかりに動作しているのがみえた。大きく深呼吸をして、襟を正し、やっと自分を取り戻した。自分がわけの判らない何を恐れているのさえ理解できないまま空笑いをしたのだった。あとは居酒屋で取り繕った笑いをおとせばいい…。

「お前…」
「えっ」
「…ジジジジ…ジジジジ…」
何か聴こえた。雑音の合間に本当に聴こえた。
背後に何かでない、アイツがいる。

足がツルのはよくあるが、初めて言葉が思うようにでない。
恐怖とはそんなものかもしれない。大体ここは街ではないが普通の町の住宅地だ。
それに、私自身 ひとに貶(おとし)められるほどの云われはない。

平静を取り戻すために自問自答の呟きを繰り返し、
それとは反対に
両こぶしを力任せに固くさせた。



【つづく】九六

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だいぶ疲れてきました。私にもわかりませんです。読んで頂きありがとうございます。眼はつかれませんか。またね。

  • 2012/04/02(月) 20:49:25 |
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  • 2012/04/02(月) 10:22:27 |
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