九六の匣

さまざま詰めこんだ匣

『奇妙な落款』(3)

『奇妙な落款』(3)

酒の滴をすすい、もう一杯頼もうと片手をあげた。
「酒ですかぃ、そうだおもいだしたよ、あそこにね若い痩せ形の男がおったでしょう」
こちらが問いただすまでもなく、親父は滑らかに言い始めた。
酒瓶を軽々と持つと先ほどと同じように縁からおとした。そして
「そうだよ、あのなオイラちょっとみてしまったんだよ」
「ほう、なにをみたんだね」
「なーに、あれは夏だったよな、タライで行水してるのをみかけちまったのさぁ」
「夏ならおかしくないでしょう…とっととと」
二杯目を口にはこびながら面白そうなので黙って相槌をうった。
「あの本屋の主人がよぉ、若い奴の背中を洗っているじゃないか、おっと見たくてみたんじぁないよ、塀がね壊れていたんだよ」

まあ親子であれば、それほど不思議な光景ではないといえる。
「しかしねぇ…親父の奴は正面で平伏すんだよなぁ、」
「まるで家来か部下のようにだぜ」

そういえば、つい前にそんな仕草をみたばかりだった。
その後は、焼き鳥屋の親父も他の客あしらいで大声をあげながら離れていった。
でもあの二人の関係は一体なんなのだ。そしてあの希少本が なぜあそこにあるのか理解しがたいことであった。

それから二日後、足早にあの古本屋の前を通りすぎようとしたが、自分の足が意志とは別に戸の前でとまってしまった。とかく古本屋は薄暗いものだが、この店はなにかしら人を拒否するように冷たくもっと暗い。

硝子戸に手を掛けようとすると、奥の方から言い争うような声がとんできた。
「もう止めてくだせぇ」
痩せた男は一方的になじっているようにもみえる。
そして男の怒りみたいなものが、戸に振動したかのように硝子が揺れた。
私は二・三歩、後ずさるように引き下がった。

すると痩せた男は私に気付いたのか入口の戸を静かに狭くあけ
「……」
無言で私をみつめながら右手を'お入りなさい'というような仕草で差し出した。
一瞬、男の肌が透き通っていて、頬も落ち込んでなきがごとくであり 
竦んで身動ぎもできないまま、遠慮がちに「ありがとう」とかえさざるえなかった。



【つづく】九六





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  • 2012/03/25(日) 10:26:56 |
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