九六の匣

さまざま詰めこんだ匣

『奇妙な落款』(1)

『奇妙な落款』(1)


 古本屋稼業が好きだ。といっても私のことではない。傍から見ているとこの人種は職業として、一番楽な方法を選択したのではないだろうかという疑問が湧いてきた。よく小説家のなれの果てとか、政治的な思考を誰かに避難され屈折したとか、或いは根っから小説を読むのが好きでそばに常に本がおいておかなければ中毒症状があらわれるとか、いろいろ考えてしまった。

どう考えても理解できないのが親子の場合だ。大きな店舗ならまだしもこの田舎町にこじまりとたたずむ店には、ふたり分の収入などありはしないと思うからです。もし娘であるなら父の手伝いをしながらオサンドンしていても別にそれほど違和感がないかもしれない。
もっと突きつめてみよう。
病気がちで古本屋の店主しかできない。これだよ、これが真実だよ。咳き込む父と介抱する息子、或いは逆かもしれない。店主を垣間見ると、うつむきかげんで陰湿、時折上目使いになるがこれは盗難防止と客の本あしらいを覗いているのかもしれない。子供たちが訪れるとやや不機嫌になり咳払いをしたりするのだ。

「おい、坊主。汚い手でさわるんじゃない」
一瞬静まるが暫くすると前にもまして騒ぎはじめる。すると
「お前たち、何年生だ」と問いかける。
そういう私も立ち読みをしているので、主人をみないようにいささか顔をそむけた。
そういう仕草が気になったのか
「お兄さん、いい本はみつけたかね」
支払いのときでさえ大した言葉を返してもらったことがないので、どぎまぎしながら辺りをみわたした。

「あんただよ、いつも寄ってもらってありがとうよ」
なんとぶっきら棒な言いまわしに
「おお、どうも」と自分で思ったより甲高い声がでて裏返した声になってしまった。
別に負い目があった訳でもない、あまりにも唐突に声をかけられたからで、今の今まで勘定のときでさえ聞いたことのない変な抑揚のある訛った言葉だったからだ。

主人は何か堰をきったかのように続けて言った。
「兄さん ちょっとこれみてみないかね」
へんな仕草で本の表紙を擦りながら取り出したのはいかにも年代物の本一冊でした。
「いつもさぁ、この本と同じ作家の本をみているよねぇ」
きっと観察をしていたのだろうか、私は背をのり出しながら眼をおくった。
「ぇっ、これっ片品龍一郎の本ですか、探していたというより高価なんでしょう、どうしてここに…」
差し出された本は片品の処女作であった。片品龍一郎は文壇に突然現れ一瞬の時代を駆けていった天才とも云われる作家である。五・六冊の作品を発表したが、突然糸が切れたように行方をくらました伝説のひとである。
作風といえば読み手を引寄せて掌の上であそばされ揺り動かし独特の感性のある文章を展開するのである。

「こうゆう本は、なかなかでてこないんだよ」
「そ・そうなんですか、触ってみてもいいですか」
自分が何かにとり付かれたような妙なきぶんであった。
「そりゃあ、うちは古本屋だからね、さぁみてごらん」
「はじめてみます」
ほんのいままで気鬱だったのが霞がとりのぞかれたように彼の顔と本をみつめていた。
「へっ、そりゃあそうだろう、イワクツキの本だからねぇ」
「なんか問題でもある本ですか」
私はイワクツキなる言葉に何かしら奥歯にものの挟まった棘のように感じた。

「著者は当然なくなっている…ようなものだ」
「ものだって片品は死んではいないですよね」
「まあそうゆうことになってるがなぁ」
両手を自分の裾で擦り
「そうでなんですか」と返しながらも、なにかしら歯痒い気分で皮で表装された本を開いた。
上目使いで相手の顔を伺いながら、あまり深入りして気分を害されても嫌だと曖昧な返答で茶を濁した。

それでも主人は私に向かってまるで呟ように語りかける。
「この本は数冊ぅ、いやこの一冊かな、この世には存在しないんだぜ」

本が何故か奇妙になま暖かく重くなった様な気がした。
…この本はいきている。そう直観的に感じた。

【つづく】



これは以前に漫画の草稿にと少し書いてはやめ、時折想いだしたように書き足し続けそのままになっていた文章である。続きはそのうちにと、なんてもう暫く経つ。
面白そうだったらつづきをかこうかなぁなんて…。いつもだが時代を設定していないので勝手に想像して欲しい。


九六
このページのトップへ

コメント

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

  • 2012/03/22(木) 10:54:32 |
  • |
  • #
  • [編集]

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://kurokuro9696.blog54.fc2.com/tb.php/2150-38fa5dd6
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
このページのトップへ

FC2Ad

プロフィール

九六

Author:九六
好きなものを自由に書く、読む、観る、描く。そして遊び愉しむ。
【※】【玖絽・by96・九六・九路・KURO・物部黒彦】【96猫國から発信】
【※】-半世紀分の散らばした気侭綴ゑ-

最近の記事

最近のコメント

カテゴリー

FC2カウンター


リンク

このブログをリンクに追加する

全タイトルを表示

全タイトルを表示

ブログ内検索

月別アーカイブ

ポインタ・スイッチ





ボタン

最近のトラックバック